「一品商い」
一つの商品に特化して商売をしていくというお店は、現在とても少なくなっています。
それはつまり、そのスタイルを現代まで守り続けていくことがどれだけ難しいことなのかを表しているのかもしれません。創業時から今日まで同じ商品を売り続けていれば、必ず時代の変化に悩まされることとなります。だからこそ、そんな「一品商い」の世界で老舗と呼ばれるお店には独自の哲学があるに違いありません。

今回は、羽二重団子の七代目、澤野修一さんにお話をお伺いすることができました。
江戸時代から変わらぬ味の団子を提供し続けている羽二重団子さん。今日までの約200年間、羽二重団子さんが人々に愛され続ける秘訣とは一体なんなのでしょうか。


◆文政2年創業 羽二重団子

ha5.jpg


羽二重団子さんの歴史は、植木屋だった初代の澤野庄五郎が「藤の木茶屋」という名前で庭つきの茶屋を開いたことから始まります。
当時、現在羽二重団子さんのお店がある場所は王子街道と呼ばれていました。王子街道を通る旅人の為に団子を振る舞ったところ評判が良く、茶屋はそのまま団子専門店へと発展していったのだそうです。

ちなみに藤の木茶屋という名前の由来はお店の前に藤棚があったことに由来するそうです。美しいお庭を眺めながら美味しいお茶とお団子を頂く、というスタイル創業時からの名物。
木漏れ日の射す中、滝が流れ、美しい鯉が泳ぐ現在のお庭はまるで別世界。江戸時代と同じ場所で同じお団子を食べている。
そんなことを考えながらお団子を頂くと、まるで江戸時代にタイムスリップしてしまったような気持ちになってしまいますよ。

ha1.jpg

◆団子へのこだわり

ha3.jpg

「手間をかければいい団子ができる」という考えのもと、羽二重団子さんでは生地を蒸気で吹かすだけでなく、臼と杵で突く工程を古くから続けています。
しかも300回突くことが標準とされているところを、羽二重団子さんでは2倍の600回突いているそうです。
お客様に美味しいものを提供する、という思いの表れなのですね。


ちなみに、何故「羽二重団子」が4つ刺しなのか、ご存じですか?
実は昔の羽二重団子は5つ刺しだったのだとか。
5つで5銭、が主流だった江戸時代。しかし時が経つにつれ、江戸の貨幣流通の主流が5文から4文へと移り変わり、それに合わせて団子の数も4つになったのだそうです。
「東海道中膝栗毛」の中でも道中の団子屋の団子が4つ刺しになったから江戸に近づいた、というくだりがあるそうで、この「団子」とはきっと羽二重団子さんのことを言っているのでしょうね。


団子さんの「羽二重だんご」を食べるにあたって、覚えておかなければならないことがあります。それは、日もちが一日だということ。
これは出来たてを食べて頂きたいという羽二重団子さんのこだわりが込められています。羽二重だんごの生地には砂糖が入っていないため、日もちが良くありません。
しかしそれが当時の味。その味を求めて来店する人がいる限り、味を変えるつもりは無いと澤野さんは言います。特に甘くない生醤油のつけ焼きは温かい内がおいしいのだそうです。
実際に出来たての餡と焼きのお団子を頂くことができたのですが、生醤油の味と餡のほのかな甘みのコントラストがなんとも言えず、絶品でした。

また目の前に広がる美しいお庭を眺めながら頂くお団子はより一層美味しく感じられ、羽二重だんごの本当の美味しさを知ることができたような気がします。
手土産に買って行かれる事ももちろん良いのですが、出来たてをお庭で頂くというのが何よりもオススメです!

残念ながら、老舗通販.netではお団子の販売はしておりませんが、同じあずきを使ったぜんざいと水羊羹を取り扱っております。是非羽二重団子さんの公式通販サイトにお立ち寄り頂ければ幸いです。


監修 宮本芳彦
文責 林正勝

↓↓『羽二重団子』老舗通販.net 公式通販サイトはコチラ↓↓
羽二重団子 公式通販



【会社情報】
株式会社 羽二重団子
・所在地:〒116-0014
・東京都荒川区東日暮里5-54-3
・TEL:03-3891-2924
・FAX:03-3806-8210
・営業内容:和生菓子(団子)製造販売


文政2年(1819)の創業以来、一貫伝承の羽二重だんごを製造し、江戸時代より今に残る東京名物として有名人等顧客に広く販路を有している。
明治期よりしばしば文学作品に登場し、夏目漱石の「吾輩は猫である」、正岡子規の句、短歌、紀行文等、泉鏡花の短編「松の葉」、田山花袋「東京の近郊」、司馬遼太郎「坂の上の雲」等の作品に描かれている。